今年5月15日、コンゴ民主共和国(DRC)北東部においてエボラ出血熱の発生が公式発表され、翌16日には隣国ウガンダでも感染者が確認された。これを受け、世界保健機関(WHO)は「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」を宣言した。その後、エボラ出血熱は5月下旬から6月にかけてDRC国内で感染拡大が見られたほか、ウガンダの首都カンパラでも流入例が確認され、国境を越えた拡大が強く懸念された。エボラ出血熱は、ウイルスを保有する野生動物の体液や生のブッシュミート(野生肉)に直接触れることでヒトに感染する。ヒトからヒトへは空気感染や経口感染ではなく、主に体液等の直接接触(接触感染)によって感染が拡大するとされている。注)詳細は「厚生労働省検疫所FORTHウェブサイト『エボラウイルス病について(ファクトシート)』」を参照。今回の流行は、従来の主流であった「ザイール株」等ではなく、「ブンディブギョ(Bundibugyo)株」によるものであり、現在承認されている主要なワクチンの適応外とされる。この点が、国際社会において非常に高い危機感と警戒感を招いた背景にある。エボラ出血熱の隣国からの流入を確認したウガンダ政府は、5月28日にDRCとの国境を一時閉鎖、その後もヒトおよびモノの移動に対して厳格な水際対策を講じた。これら国境管理の徹底に加え、厳格な隔離措置や接触者追跡を実施した結果、ウガンダでは6月21日以降、新たな感染者は確認されていない。この成果は、ウガンダ政府がエボラ出血熱の特性を正確に把握し、適切に対処してきたことを裏付ける好例と言えよう。こうしたエボラ出血熱のほかにも、アフリカには多様な感染症が存在する。中でも日本人に広く知られているのが、野口英世が晩年に研究を捧げたことで知られる黄熱(黄熱病)である。黄熱は黄熱ウイルスを病原体とする感染症であるが、現在ではワクチンの接種により確実な予防が可能となっており、1回の接種で生涯有効とされている。WHOが指定するアフリカの黄熱流行国は55カ国中34カ国に及ぶ。渡航先自体が流行国でなくとも、流行国を経由して入国する際の要件となる場合もあるため、アフリカへ渡航する際には事前にワクチンを接種し、イエローカード(黄熱ワクチンの接種証明書)を携帯しておくことが推奨される。注)入国に黄熱ワクチンの接種を要件とする国や黄熱ワクチンの国内接種場所は「厚生労働省検疫所FORTHウェブサイト『黄熱(Yellow Fever)に注意しましょう!』」を参照。一方、日本人にはあまり馴染みがないものの、アフリカ55カ国中44カ国が流行地域に指定されているマラリアは、現地でよく耳にする注意すべき感染症のひとつである。マラリアはウイルスではなく、マラリア原虫を病原体とし、これを保有するメスのハマダラカに刺されることで感染する。このように蚊を媒介として感染するため、空気感染や経口感染、あるいはエボラ出血熱のような接触感染によって広がるものではない。注)詳細は「厚生労働省検疫所FORTHウェブサイト『マラリアに注意しましょう!』」を参照。筆者自身も、1993年、アフリカへの初めての渡航先であったベナンでマラリアに感染し、苦しい経験をした一人である。当時は蚊に対する警戒心が乏しく、容易に感染を許してしまった。この苦い経験を教訓として以来、アフリカ渡航時には徹底した防蚊対策を講じている。具体的には、長袖・長ズボンによる肌露出の抑制、虫よけローションや虫よけシートによる防護、滞在先ホテルの自室での電池式蚊取りマットや現地調達の殺虫剤による蚊の駆除など、極めてオーソドックスな手法の実践である。さらに、マラリアには予防内服薬も存在する。かつては日本国内での入手が困難であったが、現在ではトラベルクリニック等で処方を受けることが可能となった。ただし、薬の特性上、個人差による向き不向き(耐性や副作用の出やすさ)が存在する点には留意が必要である。筆者はアフリカ進出に関心を持つ日本企業のクライアントを伴い、現地の市場視察に赴くことが多い。ある視察の際、参加者全員が日本で事前に処方された予防薬を服用して渡航した。しかし現地到着から数日後、ある参加者が原因不明の立ちくらみや吐き気を訴え始めた。1日ほど安静に努めたものの、症状の改善が見られなかったため、筆者は予防薬の服用を一時中断することを提案した。すると半日ほどで症状は軽快し、翌日には通常の視察活動へ復帰することができた。どうやらその参加者には、当該の予防薬が体質的に合わなかったようである。マラリアの予防薬は継続服用が原則であると聞いているが、身体に何かしらの不調が生じた場合には、躊躇なく服用を見合わせ、防蚊対策の徹底など他の手段に切り替えるといった現場での柔軟な判断が求められる。その他、アフリカの一部の地域では、蚊やツエツエバエが媒介する感染症やエムポックスなどが報告されることもある。これらは日常的に耳にする機会が少ない稀な疾患ではあるが、知識として把握しておくことが望ましい。また、コレラや腸チフス、狂犬病、破傷風、ウイルス性肝炎など、日本でも比較的認知度の高い感染症についても、基本的な予防法を確認しておくことが重要である。ただし、これらの感染症に対して過度に心配する必要はない。重要なことは、渡航先に応じた感染症の正確な情報を把握し、適切な予防策を講じることである。感染経路や症状、万が一罹患した際の対処法をあらかじめ把握しておくことで、感染リスクや重症化リスクは大幅に低減できる。情報の確認においては、厚生労働省検疫所(FORTH)ウェブサイトを参照するほか、トラベルクリニック等の専門医療機関に相談することが有効である。なお、渡航先で感染症の予期せぬ流行が発生し、外務省等から渡航中止勧告などの注意喚起が発出された場合には、状況に応じて延期や中止を冷静に検討すべきである。このようにアフリカの感染症に対しては、正確な情報を収集して、適切な防衛策を講じることで、罹患のリスクを低減させ、感染を回避することが十分に可能である。あわせて、現地滞在中の行動様式も重要となる。例えば短期のビジネス渡航であれば、不衛生な屋台での飲食等を控えると共に、夜間の不用意な外出を避け、規則正しい生活を徹底することにより、感染症の罹患リスクを減らせるだけでなく、治安上のリスクも大幅に低減することが可能となる。初めてのアフリカ出張で予期せぬ感染症に罹患すると、現地への恐怖心ばかりが増幅し、ビジネスに対する意欲も削がれかねない。そのような事態を避けるためにも、皆様にはアフリカの感染症を「正しく恐れ、正しく防衛策を講じる」ことで予防し、アフリカでのビジネスチャンスを大いに楽しんでほしい。(JCCP M株式会社 杉野)