今年もこの時期がやってきた。今年はどのようになるのだろうか?ケニアでビジネスを行っている方々なら、これだけでピンとくるかもしれない。そう、ケニアの新年度に向けた「新財政法」が決まる時期である。ケニアの会計年度は7月から翌年6月まで。この新年度への移行期は、政府が次年度の予算を賄うための具体的な税金や手数料の徴収ルール、増税・減税措置などを規定する財政法案(Finance Bill、採択後はFinance Act)を審議・採択する重要な季節だ。2022年9月に現職のウィリアム・ルト大統領が就任して以来、毎年この6月から7月にかけての時期は、財政法にまつわる抗議デモの季節としてすっかり定着してしまったように思える。それまでのケニアにおけるデモといえば、大統領選挙の結果に不満を持つ国民によるものが最も激しく、選挙のたびに世界の注目を集めてきた。しかし現大統領の就任後は、増大する財政赤字を背景に、政府が財政法を通じて国民に厳しい増税政策を課すようになり、毎年激しい不評を買うという新たな構図が生まれている。現政権による新財政法にまつわる最初の抗議行動は、2023年3月頃から野党連合リーダーの呼びかけによる断続的な抗議デモとして始まった。この「2023年財政法(Finance Bill 2023)」の主な内容は、それまで8%だった燃料への付加価値税(VAT)の16%への倍増、高額所得者の給与所得税(PAYE)の最高税率引き上げ(30%から35%へ)、そして労使双方が給与の1.5%ずつを拠出する住宅賦課金(Housing Levy)の強制徴収の新設などであった。国民や野党が猛反発する中、与党は国会で法案を押し切り可決。ルト大統領が6月26日に署名したものの、施行前日の6月30日に高等裁判所が法案の一時差し止めを命じたことで、事態は大混乱に発展した。その後、ケニアの民主化記念日(7月7日、通称「サバサバ」)に合わせ、野党は大規模な全国デモを敢行。ナイロビやキスム、モンバサなどで警官隊と激しく衝突した。特に7月19日から21日までの3日間はデモ活動がピークに達し、ケニア全土が事実上のロックダウン状態となった。市中では店舗の略奪が発生したほか、開通したばかりのナイロビ高速道路の料金所が破壊されるなど、全国規模で深刻な混乱が生じた。翌2024年6月には、「2024年財政法(Finance Bill 2024)」に対する懸念が、SNSを中心にケニア全土へ急速に拡散した。問題となったのは、パンやオムツ、生理用品、スマートフォン、モバイルマネー決済など、日常の必須アイテムへの容赦ない増税や、新たな「環境税」の導入案であった。6月13日に国会で新年度の予算演説が行われ、増税の全容が明らかになったことが引き金となった。Z世代の若者たちはAI(ChatGPTなど)を駆使して長大な法案を要約し、SNSで一斉に拡散。そして6月18日、首都ナイロビで最初の抗議デモが勃発した。これらの抗議を受け、政府は一部の増税撤回を表明して妥協を図った。しかし、若者たちは「一部修正ではなく、法案の完全撤回」を求めてデモを続行。6月20日には警察の発砲によりデモ参加者から初の死者が出る事態となった。その後、怒りの炎は地方都市にも飛び火し、運命の6月25日を迎える。強行採決に激昂したデモ隊の一部が国会議事堂に突入し、建物の一部に放火。議員たちが地下通路から退避を余儀なくされる前代未聞の事態となった。この際、警察の実弾射撃により十数名の尊い命が奪われた。翌6月26日、追い詰められた政府はついに法案の完全撤回を余儀なくされた。それでも警察の暴力や政府の腐敗に対する国民の怒りは収まらず、ルト大統領は7月11日、内閣の解体(閣僚のほぼ全員の更迭)へと追い込まれることになった。この2024年の抗議活動が、過去にケニアで発生したデモと決定的に異なったのは、野党政治家が主導した政治的な色合いの強いものではなく、SNSを武器にしたZ世代主導の「リーダーなき市民運動」であった点だ。既成の野党政治家たちもこの歴史的なうねりを捉え、便乗する形で政権批判を繰り広げ、若者からの歓心を得ようと躍起になった。しかし、Z世代は「政治的なハイジャック」を断固として拒絶し、最後までその姿勢に動じることはなかった。従来の部族政治や権力闘争の枠組みを完全に超越したこの新しい市民運動を、BBCやCNNなどの国際メディアは「Gen Z Protests(Z世代の抗議)」や「Gen Z Revolution(Z世代の革命)」と名付け、世界中にその衝撃を報じている。2025年の財政法を巡る駆け引きにおいて、現政権は2024年の苦い教訓を踏まえ、「2025年財政法案」という一つのまとまった政策を掲げるのではなく、複数の個別法案に切り分けて成立を図る戦術をとった。その背景には、国際通貨基金(IMF)からの財政再建に係る強い圧力があった。しかし市民側は、この動きに「ステルス増税」であると猛反発、SNSを中心とした監視体制を強化した。5月15日には政府が2025/26年度の予算案を発表したが、この中に前年撤回されたはずの一部増税案に類する内容が含まれていたことから、ナイロビなどの都市部で若者による小規模な抗議活動が展開された。6月12日、財務大臣による2025/26年度予算案の演説を契機として、ナイロビのビジネス中心街(CBD)や国会周辺に市民が集結、新たな増税策に反対の声を上げた。警察は主要道路を封鎖し、催涙弾を用いてデモ隊の強制排除を図った。さらに6月25日には、前年の議事堂乱入時に生じた犠牲者を追悼することを大義名分とし、若者を中心とする多くの市民がナイロビや地方都市で一斉に抗議活動を展開。デモ隊の一部が暴徒化して警察との激しい衝突に発展し、再び多くの負傷者や逮捕者を出す事態となった。2025年の抗議活動における大きな特徴は、政府のステルス増税路線に対し、市民団体や活動家が司法(裁判所)を戦略的に活用し、税制の施行差し止めを勝ち取る戦術に出た点である。若者たちも単に街頭で声を上げるだけでなく、SNSでの監視を強化し、市民団体と連携して法廷闘争に持ち込むことで、政府の強硬な動きを効果的に牽制するようになった。そして今年、2026年5月5日、政府が国会に提出した「2026年度財政法(Finance Bill 2026)」の草案が官報で明らかになった。そこには「ケニア歳入庁(KRA)による個人データへのアクセス権限の付与」や「モバイルマネー決済・携帯電話端末への実質的な増税条項」などが仕込まれていることが発覚し、市民団体やSNS上で一斉に批判の嵐となった。5月下旬には国民や民間セクターからの意見を募る公聴会が始まり、市民団体から同法案に対する反対意見が噴出、政府との対立軸が明確化した。さらに6月11日には財務大臣による予算演説が行われ、財政法案と予算の紐付けが完全に確定、現在は与野党による激しい対立に至っている。来る6月25日、2024年に議事堂の一部放火にまで発展した大規模デモの記念日(Gen Z Memorial)を迎えるにあたり、財政法案に抗議する新たなデモ(June 25 Protests)が呼びかけられている。しかし、デモ側も昨年見られたような法廷闘争に持ち込むなど、単なる暴力に頼る抗議活動は一般市民に受け入れられていない。実際、街頭での激しい抗議活動は事前の組織的な呼びかけがなければ誰も応じず、デモ当日が終われば、翌日には皆何ごともなかったように学校や職場に戻るという、どこか奇妙な現象が見られるのも、ここ数年のデモ活動の潮流である。さて、もはや毎年6月の風物詩ともなった財政法案をめぐる市民の抗議活動だが、今年はどのような展開をたどるのか。今のところはまだ予断を許さない状況が続いている。(JCCP M株式会社 杉野)備考)コラム見出しの写真はケニア国会議事堂の正面入り口(出展:Wikipedia)